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日曜日, 5月 1

5月1日 5T組 小渕浜



渋滞もなく運転手が三名もいたので徹夜で車を走らせることができ、5月1日午後には小渕浜到着。
家の中の片付けが終わってから、ロブさん達(IDRO Japan、国際災害支援団日本の方々)と共に社長の作業場の泥だしを行う。
牡蠣の加工を行うための大型機械をみんなで傍に寄せ、シャベルで泥を籠に入れ、外に運び出した。
泥中に埋れていた漁具はゴミとは別に集めた。
震災から一ヶ月以上経過していて、溜まった海水は腐り、悪臭(卵の腐ったような臭い)を放っていた。
約三時間、みんなで力を合わせて作業に没頭した。
満潮の時刻が近づいてきたらしく、作業場のすぐ近くまで水が来たので作業を中止した。
ロブさんの知合いの大工さんも社長宅に来られ、お風呂場の建設(移築)がスタートした。
夜、社長や奥さんと会話をしてゆく中でいろいろなことを教えていただいた。
雄鹿半島は、震災によって1.2m沈んだそうだ。
そのため、作業場のすぐ近くまで海水が来るようになった。
半島の道路は所々に亀裂が走っているが、半島の先に向うように走ると、階段を降りてゆくような感覚を覚えるのは、気のせいだけではないかもしれない。
小渕浜は復興に向けて動き出しており、秋のワカメ養殖再開を目標に海や港の整備を一昨日からみんなで始めたそうだ。

夜に語り合っている時社長は「皆さんへの恩返しを考えた時に、小渕の復興しかないだろうと、私も、地区の若い連中もみんなそういう想いになってきている。震災直後は、もう辞めようかと思うこともあった。でも、皆さんと出会い、頑張ろうという気になった。本当に感謝しています。頭が下がると言うよりは、頭が上がらないね。」と語ってくださった。
また、奥さんは息子さんの話しをして下さった。
漁師をされている息子さんは、震災当時、ある船の乗組員として働いておられ、船が石巻市に入港すると直ぐに小型の船に物資と数人の仲間を載せて小渕浜に海から入ってこられたそうだ。
奥さんは、息子さんとの無事の再会も嬉しかったが、息子さんの活躍ぶりに「成長したなぁと思った。」と嬉しそうに話してくださった。
社長さんが毎朝、集落での復興作業に行かれるときの自転車は息子さんが届けてくれた物だそうだ。

この日は、お風呂も夜ご飯もごちそうになり、寝床まで用意して頂いた。
team SAKEとして五回目、つよしは四回目の訪問であるが、今まで何度もご飯、お風呂、泊まりを勧めて頂いていたが、すべてお断りしていた。
前回訪れた時、京都に帰る前に顔を出したら、お母さん(社長の奥さん、ボランティアみんなからお母さんと呼ばれていました)から是非泊まっていって欲しいと誘って頂いていた。
今回は、一度はお断りしたが、是非との言葉をいただいたのでお世話になることを決めた。

5T組、つよし、エノキ

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