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月曜日, 4月 11

4月9日~10日の報告 

9日10時福島に入った。
地震の爪痕はあまり見当たらない。
福島駅周辺の店は通常営業をし、日常を取り戻しつつある

…ただ、街にはあまり活気がないようだ。やはり、原発の影響が出ているのだろうか…街の雰囲気が少し気になる所だ。


福島を出て石巻へ向かう


9日午後石巻に入った!!

町の入口にはそれほど津波の爪痕は無く日常の生活を送っているようです…
テレビで見るような光景は無く少し安心!!


しかし…町を進むにつれて道路の色が変わり水気を帯びてくる
町の至るところに泥が積み上げられている光景が出てきた…まだ、残骸は見当たらないが着実に爪痕が確認出来るようになる。

道路脇には瓦礫が目に入ってきた…道端では直径1m程の丸太が転がり、車が流され家に突き刺さり、材木が大量に流れ着いている。浸水した家具が至るところで目に入る。人の日常の生活が一瞬にして消えたことが手に取るようにわかる。

そんな光景の中を進みながら四万十塾の本部を目指す。

途中運動公園の横を通ると、野球場・サッカーコートがテントで埋め尽くされている
自衛隊だ!!
かなり大規模な自衛隊のベースキャンプが設置され活動が行われている
さすが10万の自衛隊を送り込んだだけあり街には自衛隊が数多く目につく!!自衛隊はかなりの機動力を持って活動しているようだ。

途中、四万十塾の車に出逢い、無事にベースキャンプに到着した。
京都から持ってきた支援物資のガスボンベとコンロを降ろす。ボンベは実際に降ろしてみるとかなりの量に思えた。微力ながら避難されている方々の為になればと思う…。

ベースキャンプに到着したのが丁度炊き出しの時間に重なっていたため、炊き出しの現場に行くことになった。近くの中学で炊き出しを行っているようだ

炊き出しの現場に到着すると、ボランティアの数名が大量の炊き出しを行っている。彼ら彼女らは、つい先日知り合ったばかりらしい。それでもかなりのチームワークをもって動いている。同じ意識を共有し合うだけでこれ程まで活動出来るのかと改めて感心させられた

ただ、現在では避難されている方々が炊き出しの現場で中心となるまではいっていないようだ…避難されている方々が中心となって自律して避難生活を送れるようになればと思う。いつかその日が来るんだろう…


9日は荷物の積み降ろしと現地視察だけで大半の予定が終わり、余震の続く中1日を無事に終える事が出来た…


10日朝5時起床
清々しい朝を迎えた。被災地にいるとは未だ実感がわかない…


これから馬場中山へ向かう

馬場中山へ向かう途中南三陸の街を通る。
家がない…
船が陸にある…
鉄筋コンクリートの建物も津波の被害を受けている…
町の防災センターは鉄筋が残るだけだ…

石巻の市街地とは比にならないほどの被害
この場所に一つの街があったとは思えないほどの光景がここにはある。

あまり長期に滞在すると自分がやられてしまいそうな空気が流れている


市街地を通り抜け、馬場中山へ向かう。


道路脇に何か看板が立っている…「水・カップラーメン求む」
被災後一ヶ月経った今生存に関わる物資が行き渡っていない…衝撃だった。街が復興しつつある一方で命が保証されていない。復興の度合いにかなりの差がみられる。

とりあえずはその集落に立ち寄り手持ちの水を渡すことにした…ペットボトル3本がかなり喜んで頂けた。それほどまでに緊迫した状態だったのだかと思うとゾッとする。
この集落は11日以降灯油は定期的に配給されるみたいだ…エネルギー的には一段落しそう。しかし、食料面では地区の本部にも水が無い状態であるらしい。かなり緊迫した状態…

今手持ちの物資で降ろすことの出来るものは全てその集落で下ろし馬場中山へ向かう!!


馬場中山の集落へ到着

「チームサケです」と言ったところ「サケが帰ってきた」と喜んで感激していただいた!密な関係を持っていたからこその対応だと思うとチームとしての存在意義を感じる事ができた。
馬場中山の集落はとにかく元気だ!!
長がしっかりリーダーシップをとり集落をまとめ
集落の方々は自分たち自身の役割をもってきびきびと行動をとる…日本人のよさをひしひしと感じられる光景だ。また、昔からの集落の良さが残っているのがとても印象的だった
「日本は強い」被災地を見てそう思えた。

「必要なものはありませんか?」「今のところない」
「人手は必要ないですか?」「ない」

素晴らしい答えだと自分は思う。自力で復興しようという兆しだろう。
必要であれば連絡をくれるという…私達は必要ないというのが一番望ましい


私達は今のところ必要ではなさそうだったのでとりあえずはその場を発った

その後、泊浜へ向かった


泊浜は大きな集落らしい…しかし震災後、陸からの物資はなかったようだ。物資はアメリカ海軍が海から持って来ていると言うことだ…今回は沿岸部の被害が大きいため海からの支援が鍵となるのだろう。
阪神淡路大震災とはまた異なった方法の支援が必要なのか…


ヒアリング後、次の支援場所を探しにその場を発った

韮の浜地区の区長宅に数名の避難民がいるらしいのでその区長宅に向かった。

区長宅には数名が避難していた。
物資は来るらしいが、調理器具が無く困っているとの事…


ニーズを聞いた後買い出しに向かい、その日の内に全てを揃える事が出来た。


買い出し後、物資を運び支援を継続した

その日の内に韮の浜と細浦に物資を運ぶ事が出来、避難されている方々に喜んでいただけた。このフットワークの軽さも私達の武器なのだろう…


そうして、陽が落ちた


夕飯をとっていると余震が襲ってきた…

余震の続くなか避難されている方々はどんな気持ちなのか…


身体よりも心が疲れた1日だった…明日以降も意義のある活動をしていきたい

そんな事を考えながら1日を終えた…


team SAKE ユタ

投稿:team SAKE 京都組 はるか

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