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水曜日, 6月 8

箱崎の記事(Excite ニュース)

5月27日に、漫画家たちが箱崎西山家で瓦礫撤去のボランティアをされたようです。

ウェブ上でも「Excite ニュース」において、閲覧することができます。

被災地で人気漫画家たちが瓦礫撤去ボランティア!〈岩手漫画家応援ツアー同行レポートpart2〉1ページ
被災地で人気漫画家たちが瓦礫撤去ボランティア!〈岩手漫画家応援ツアー同行レポートpart2〉2ページ

team SAKE 足立


~~~以下掲載記事~~~


被災地で人気漫画家たちが瓦礫撤去ボランティア!〈岩手漫画家応援ツアー同行レポートpart2〉

2011年6月8日 10時00分


5月26日から28日までの三日間にわたって行なわれた「岩手漫画家応援ツアー」のレポート、今回は2日目をお送りする。


■箱崎半島での瓦礫撤去ボランティア

朝5時50分、盛岡で宿泊したホテルのロビーにメンバーが集合する。本日は、釜石の箱崎半島で瓦礫撤去のボランティアに出かけるのだ。夜型の生活が多い漫画家の先生方なのに、誰ひとり寝坊せずに集まっていることに驚く。

車に分乗して箱崎半島へ向かう。途中、神子田の朝市で腹ごしらえなどしつつ、釜石のボランティアセンターまでは昨日と同じルートをたどる。片道2時間以上の道程だ。
長い山道と、田園風景の中を抜けて釜石市内に入ると、また昨日と同じ風景が左右にひろがる。

ラーメン屋の駐車場には、臨時の中古車販売場が出来ている。乗用車が必須の地方都市であれだけの量の車が津波で流されたのだから、中古車の需要が高まっているのは当然だろう。小学校の校庭には濃緑色の車輛が整列し、自衛隊の前線基地ができている。海辺のレジャー施設は支援物資の貯蔵庫になっている。みんなが“残されたもの”を利用して、全力で立て直しをはかっている。

道路を車で走っていると、ときおりガードレールなどに「支援ありがとうございます!」「NEVER GIVE UP!」「たくさんの想い、ありがとう」といった被災者たちによる感謝のメッセージが掲げられているのが目に入る。なんともいえないものが込み上げてくる。

やがて箱崎半島に着いた。今回われわれがボランティアをさせてもらうのは、箱崎半島にある小さな湾の奥でりんご農家を営んでいるお宅だ。この一帯も津波の被害を受けて、住宅のほとんどが押し流されてしまっている。
幸いなことに、りんご農家のお宅は高台の上にあったため、津波の直撃はまぬがれた。しかし、海側は瓦礫の山、背後は山に囲まれて、地震のあった日から2週間は完全に外界から遮断されてしまったという。その後、海側の瓦礫が撤去されてからも物資の不足は続き、遠方の親類などから食料を届けてもらって生活していたような状態だったとか。

海側の瓦礫はいまも重機による撤去が進んでいるが、問題なのはりんご畑だ。一段高くなっているうえに、瓦礫がりんごの木々の間に流れ込んでいて、撤去しようにも重機が入って来れない。そのため畑の瓦礫は人力で運び出すしかないのだ。だけど、その人手が不足している。そこで、われわれの手でこれをやってしまおうというわけだ。

この作業を通じて、津波による瓦礫というものを初めて間近に見た。無数の屋根瓦、家の外壁とおぼしきモルタルやコンクリの破片、割れたガラス、へし折れた材木。コンクリ片からは補強用の針金が飛び出ているし、材木からも錆びた釘がもれなく突き出している。軍手と長靴だけでは絶対無理。軍手の上に厚手のゴム手袋をはめて、長靴の底には釘の踏み抜き防止用の鉄板を入れないと、危険で仕方がない。

これらの瓦礫を、重機が入ってこれる一段下の場所までみんなでせっせと移動させる。ペンより重いものなど滅多に持たない漫画家さんたちが、黙々と汗を流す。わたしだってマウスより重いものなんか持たないが、この日ばかりは必死になって働いた。

瓦礫を掘っていると、いろんなものが見つかる。たいていはゴミとして処分してよいのだが、写真や手紙類、何かの証書や通帳、表彰状、免状といった思い出の品や、持ち主が判明しそうなものは捨てずに選り分けておく。泥まみれになっていても、洗浄してある程度までは元通りにする方法もあるから、迂闊に捨てるべきではないのだ。

何時間作業しただろう。途中から時間の感覚がなくなっていたので覚えていないが、夕方近くなってようやく瓦礫の撤去が一段落ついた。完璧とは言いがたいが、デスクワーク中心のメンバーにしてはそれなりの成果を上げられたのではないかと自画自賛する。
最後にりんご農家のお母さんからご馳走していただいた土地の名物“ざく汁”の甘みは、一生忘れられない味となった。
(とみさわ昭仁)

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